大谷翔平の甲子園伝説を徹底解剖|160キロの真相と最後の夏の敗因

大谷翔平の甲子園伝説を徹底解剖|160キロの真相と最後の夏の敗因

大谷翔平の甲子園伝説を徹底解剖|160キロの真相と最後の夏の敗因に関する最新のニュースを速報でお届けします。関心のある方は必見です。

高校野球ファンの間で今なお散見される典型的な勘違いが、「大谷翔平は甲子園のマウンドで160キロを投げた」という言説です。当時の公式記録を照合すれば、この記憶は明確な誤認であることが分かります。

アマチュア野球史上初となる大台「160km/h」がスコアボードに刻まれたのは、阪神甲子園球場ではなく、2012年7月19日に行われた第94回全国高校野球選手権岩手大会の準決勝(岩手県営野球場)でした。

相手は強豪・一関学院高校。6回表、2死二三塁のピンチを迎えた大谷は、打者・望月直也選手への初球に渾身のストレートを投げ込みます。球場のスピードガンが「160」を表示した瞬間、球場全体が地鳴りのような歓声とどよめきに包まれました。

ネット上では長年、「地方球場のガン表示は甘いのではないか」「誤計測ではないのか」という懐疑的な議論が繰り返されてきました。しかし、バックネット裏に陣取っていたNPB各球団のプロスカウト陣が携行していたスピードガンでも、複数の測定器が159km/h〜160km/hを正確に捕捉していました。

当時の取材陣や球団関係者の証言によると、大谷の指先から放たれたボールはホームベース手前でも失速せず、捕手のミットが捕球の衝撃で跳ね上がるほどの球威を帯びていました。甲子園本戦での自己最速が2年夏に記録した150km/hであったため、地方大会の映像が全国ニュースで幾度となくハイライト放映された結果、人々の記憶の中で「甲子園での160キロ」へとすり替わっていったのが真相です。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。