1990年代初頭、ザ・ドリフターズとしてのレギュラー番組が一段落し、高木ブーさんが趣味であったハワイアンミュージックの活動を本格化させようとしていた矢先、家族を突如として悲劇が襲いました。妻の喜代子さんに異変が現れたのは1990年代前半のことです。当初は日常のささいな違和感から始まりましたが、精密検査の結果、下された診断は脳腫瘍でした。
当時の医療水準においても脳腫瘍の治療は困難を極め、高木さんと長女のかおるさんは献身的な看護を続けました。高木さんは過酷な闘病生活を支えるため、仕事の合間を縫っては病院へ通い詰め、意識が混濁する喜代子さんの手を握り続けたといいます。しかし、医学的な奮闘もむなしく、1994年3月に喜代子さんは58歳という若さで帰らぬ人となりました。結婚生活は32年に及んでいました。
公の場で見せた当時の高木さんの落胆は凄まじく、後の特番インタビューや自著・手記でも「自分の半身をもぎ取られたようだった」「家に帰っても明かりがついていない現実を受け入れるのに何年もかかった」と述懐しています。愛妻をあまりにも早く失った喪失感は、長年にわたり高木さんの心に深い影を落とすことになりました。