清水由貴子さんは1977年、オーディション番組『スター誕生!』での合格を機に「お元気ですか」で歌手デビュー。その後、萩本欽一さんに才能を見出され『欽ちゃんのどこまでやるの!?』でお茶の間の人気者となりました。幼少期に父親を亡くし、母子家庭で苦労して育った彼女にとって、母・咲子さんは人生のすべてであり、最大の恩人でもありました。
しかし、2000年代半ばから咲子さんの認知症が悪化。徘徊や夜間の中核症状が現れるようになり、由貴子さんは2006年3月末日をもって、30年近く所属した大手芸能事務所を退社し、芸能界を事実上引退しました。引退時の名目は「母親の介護も兼ねて、実家の家業を手伝いながらゆっくりしたい」という前向きな言葉でしたが、現実は想像を絶するものでした。
訃報を受けた際、萩本欽一さんは言葉を詰まらせながら「あんなに明るくて優しかったユッコが、なぜ一人で抱え込んでしまったのか」と涙ながらに追悼しました。欽ちゃんファミリーのメンバーたちも一様に、彼女の真面目すぎる性格が悲劇を招いてしまったことに胸を痛めていました。