銀シャリ屋ゲコ亭の象徴であり、国内外の料理人からリスペクトを集めた「飯炊き仙人」こと村嶋猛(むらしま つとむ)氏。1930年生まれの同氏は、昭和38年(1963年)の創業以来、毎朝早朝から米を研ぎ、火力を秒単位で見極め、納得のいかない米が炊けた日は店を開けないという徹底した職人気質を貫いてきました。「米の声を聞き、米が一番美味しくなりたいように炊いてやるだけ」と当時の特番インタビューや手記で語られたその愚直な姿勢は、昭和から平成にかけて多くのメディアで絶賛されました。
転機が訪れたのは2016年、村嶋氏が85歳を迎えた時でした。中国政府系の農業団体やメディアからの熱烈なオファーを受け、最高品質の米炊き技術を指南する国際親善大使として中国招聘に応じた経緯は、日中両国で大きなニュースとなりました。黒竜江省などで現地の米を炊き上げ、巨大な国営イベントでデモンストレーションを披露した日々は、日中関係の文化交流における象徴的なトピックとして報じられています。
「そのまま中国に帰化・永住するのではないか」という憶測も当時は飛び交いましたが、約3年間にわたる技術指導の任を終え、村嶋氏はすでに日本へ帰国しています。銀シャリ屋ゲコ亭の現在において、90代半ばとなった村嶋氏が毎日厨房で重い釜を担ぐことは体力的に退いているものの、堺市内の自宅で健やかに暮らしつつ、技術の伝承を見守る精神的支柱として後進の指導員たちに厳しく温かい視線を送り続けています。