グイド・ダレッツォは、聖歌隊の少年たちが音程を短期間で正確に取れるよう、当時広く知られていたラテン語の典礼歌舞『聖ヨハネ賛美歌(Ut queant laxis)』に着目しました。この賛美歌には、各節の歌い出しが階段を一歩ずつ上がるように1音ずつ高くなっていくという、音楽的な特徴が備わっていたのです。
グイドはその各行の最初のシラブル(音節)を抜き出し、音階の呼び名として定義しました。当時の歌詞の冒頭部分は以下の通りです。
Ut queant laxis(ウット:信徒たちが)
Resonare fibris(レ:声を大にして)
Mira gestorum(ミ:あなたの奇跡の業を)
Famuli tuorum(ファ:称えることができるように)
Solve polluti(ソル:汚れた唇から)
Labii reatum(ラ:罪の咎を解き放ちたまえ)
この頭文字を並べた「Ut - Re - Mi - Fa - Sol - La(ウト・レ・ミ・ファ・ソル・ラ)」の6音階(ヘクサコード)が、まさにドレミファソラシドの歴史的な発祥です。耳で聴いた音と視覚的な記号を結びつけるこの画期的な指導法により、それまで10年かかっていた聖歌の習得期間がわずか数ヶ月に短縮されたと伝えられています。
当初の「Ut(ウト)」が現在の「Do(ド)」へと変化した経緯については、17世紀のイタリアの音楽理論家ジョヴァンニ・バッティスタ・ドニ(Giovanni Battista Doni)が自らの姓をとって改称したという説や、ラテン語で「神」を意味する「Dominus(ドミヌス)」の頭文字に由来するという説が有力です。発音しにくい閉音節の「Ut」から、母音で伸びやかに発声できる「Do」へ変えられたことで、歌唱訓練としての実用性が飛躍的に向上しました。また、7番目の音「Si(シ)」は、賛美歌の最後の祈り「Sancte Iohannes(聖ヨハネ)」の頭文字を組み合わせて後世に追加され、現在の7音体系が完成しました。