日本の伝承において、鶴と亀が最も謎めいた文脈で登場するのが、わらべうた「かごめかごめ」のワンフレーズ「鶴と亀が滑った(すべった)」です。慶事の象徴であるはずの鶴と亀が「滑る(転ぶ、失脚する)」という不吉な表現になっている点について、民俗学者や歴史愛好家の間で長年議論が交わされてきました。
この歌詞の解釈には、主に以下の有力な仮説が存在します。
- 日光東照宮・徳川埋蔵金説:徳川家康を祀る日光東照宮の境内に配置された鶴と亀の像が、埋蔵金の隠し場所を指し示しているという暗号説。「滑った」は像の向きや影の位置を示唆しているとされる。
- 明智光秀=天海僧正説:徳川幕府の黒幕とされた南光坊天海が明智光秀の生き残りであり、日光の鶴亀の彫刻にその出自の秘密が隠されているという歴史ロマン説。
- 政権交代・時代の終焉説:鶴(朝廷・京都)と亀(幕府・江戸)のパワーバランスが崩れ、政権が転覆する予言歌であったとする説。
- 言葉遊び・民俗学的解釈(最も妥当な学術的見解):「滑った」は不吉な意味ではなく、「統べた(統治した、ひとつになった)」という言霊、あるいは単に夜明けの情景(「夜明けの晩に」)と韻を踏んだ言葉遊びが変遷したとする説。
民俗学の調査によると、「かごめかごめ」の歌詞は地域や時代によって無数のバリエーションが存在します。現在知られる歌詞が定着したのは明治時代以降とされており、呪術的な儀式や子供の遊びの中で言葉が自然淘汰され、神秘的な響きを帯びていったというのが文化史的な実態です。