議論が極端化しやすい現代において、見落とされがちな2つの重大な盲点が存在します。
第1の盲点は、「すべての苦労を避けることが最もスマートな生き方である」というタイパ(タイムパフォーマンス)至上主義の落とし穴です。理不尽なパワハラを警戒するあまり、摩擦や負荷の一切を「コスパが悪い」と切り捨て、安全圏から一歩も出ない働き方を選択する若手層が散見されます。
しかし、認知的負荷や適度なストレスのない環境に身を置き続けると、心理学で言う「認知的レジリエンス(逆境対応力)」が育ちません。将来的に予期せぬトラブルや組織の変革に直面した際、軽微なアクシデントで心がポキリと折れてしまうリスクを抱えることになります。「無意味な理不尽」を排除することは必須ですが、「成長に伴う筋肉痛」まで恐れて筋トレを完全に放棄してしまえば、基礎体力そのものが衰退してしまうのです。
第2の盲点は、「苦労を経験した人間ほど他人に優しく、人間性が高くなる」という言説の欺瞞です。社会学や精神医学の知見では、過度の抑圧や理不尽を経験した人間が、必ずしも成熟した寛容さを手に入れるわけではないことが示されています。むしろ、無力感を伴うトラウマ的苦労を長期間経験した人は、「自分も耐えたのだからお前も耐えるべきだ」という抑圧の連鎖(攻撃性の外化や後輩へのハラスメント)に無意識のうちに加担してしまう傾向が強いことが報告されています。苦労そのものが自動的に人格を陶冶するわけではありません。