美術史において、本作はモネやルノワールらが牽引した「印象派」の感覚的な筆致を乗り越え、「新印象派(ネオ・インプレッショニズム)」と呼ばれる新時代を切り拓いた記念碑的絵画です。その根底を支えたのは、感情ではなく冷徹な自然科学と色彩理論でした。
印象派の画家たちは、戸外の移ろいやすい自然光を捉えるため、素早いタッチで絵の具をキャンバス上で混ぜ合わせました。しかし、パレットやキャンバス上で絵の具を混ぜ合わせる「減法混色」は、混ぜれば混ぜるほど明度が落ち、画面が濁るという物理的な弱点を抱えています。そこでスーラが着目したのが、フランスの化学者ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルールが提唱した「色彩の同時対比の法則」と、物理学者オグデン・ルードの「現代色彩論」でした。
スーラはパレットの上で絵の具を練り合わせることを徹底的に禁じました。純粋な原色に近い絵の具を、米粒ほどの細かな「点」としてキャンバスに規則正しく並列させることで、鑑賞者の網膜の内部で色が混ざり合って知覚される「加法混色(並置混色)」を実現させたのです。黄色と青色の微細な点を無数に隣接させて配置することで、離れて見た鑑賞者の眼には濁りのない、鮮烈に発光するような「緑色」として映し出されます。
当時の前衛批評家フェリックス・フェネオンは、1886年の第8回印象派展で本作を目の当たりにし、スーラたちの手法を指して初めて「新印象派」という用語を用いました。フェネオンが寄稿文で「感覚の直観に委ねられていた絵画が、厳密な科学的分析の規律を手に入れた」と評した通り、スーラは感情を排したドットの集積によって、光のきらめきと静寂を永遠の秩序の中に閉じ込めることに成功しました。キャンバスの縁を取り囲む独自の点描フレーム(額縁効果を狙ったボーダー)に至るまで、周囲の光環境と補色関係を計算し尽くして制作された点も、鑑賞者が決して見落としてはならない見どころの一つです。