ウィリアム・モリス「いちご泥棒」の由来を語るうえで欠かせない舞台が、イングランド南部オックスフォードシャーに位置するモリスの夏の別荘、ケルムスコット・マナーでの誕生経緯です。17世紀建造の石造りのマナーハウスを取り囲む緑豊かな庭園で、モリスは家庭菜園づくりに精を出していました。
当時、庭に植えられたいちごが赤く実るたび、防鳥ネットの隙間をすり抜けて果実を盗み食いする鳥が現れました。これがいちご泥棒に描かれたツグミの真相です。モリスの娘メイ・モリスの手記や当時の関係者の証言によると、庭師が小鳥を追い払おうとした際、モリスは「彼らにも分け前を与えてやりなさい」と微笑みながら制したと伝えられています。鳥たちへの親愛の情こそが、のちに英国テキスタイル史に名を残す不朽の図案を生み出す原動力となりました。
しかし、デザインの完成に至る道のりは決して平坦ではありませんでした。モリスが主宰したモリス商会テキスタイルデザインの特徴は、徹底した天然染料の使用と職人技の復興にありました。ロンドン郊外のマートン・アビー工房において、モリスは青色のベース生地から模様部分の色を抜き、赤や黄色を重ねていく「インディゴ抜染技法」の確立に数年の歳月を費やします。試行錯誤の末に1883年に完成したファブリックは、当時のテキスタイル印刷技術の最高峰として絶賛を浴びることになりました。