東山魁夷『道』の真実|モデル地・八戸の感動秘話と名画鑑賞の極意

東山魁夷『道』の真実|モデル地・八戸の感動秘話と名画鑑賞の極意

東山魁夷『道』の真実|モデル地・八戸の感動秘話と名画鑑賞の極意の特集記事を解説します。最新トレンドがチェックできます。

『道』が誕生した背景を語るうえで避けて通れないのが、東山魁夷を襲った過酷な家庭環境と戦争の影です。魁夷は太平洋戦争末期の1945年、37歳で召集を受け、対戦車肉弾攻撃の訓練を受ける中で死を覚悟しました。さらに敗戦の前後、父、母、そして唯一の肉親であった弟を病で相次いで失い、天涯孤独の身となったのです。戦後の焼け野原の中、住まいも家族も失った画家は、深い虚無感と孤独に苛まれていました。

その暗闇から抜け出すきっかけとなったのが、1947年に発表した出世作『残照』であり、それに続いて自身の進むべき人生を決定づけたのが1950年の『道』でした。当時の心境について、魁夷は自著『風景との対話』の中で次のような痛切な独白を残しています。

「一本の道。ただ、それだけの絵である。しかし、私にとっては、幾多の苦難をへて、ようやく辿りついた生の確信であった」

描かれている道は、単なる田舎の風景ではありません。前方へと連なるゆるやかな上り坂は、過去の苦悩を背負いながらも一歩ずつ未来へ踏み出さざるを得ない人間の「実存の道」そのものです。戦後の廃墟から復興へと向かう日本社会の集団心理とも共鳴し、この絵は個人的な祈りを超えて、傷ついた多くの日本人の心を救済する象徴となりました。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。