自治大臣就任後も精力的に公務をこなしていた石破二朗氏でしたが、病魔は音もなく忍び寄っていました。1981年(昭和56年)、体調不良を訴えて入院。精密検査の結果、進行性の膵臓がんであることが判明します。
当時は本人への病名告知が一般的ではなかった時代であり、二朗氏自身には詳細な病名が伏せられたまま治療が続けられました。しかし病状の進行は早く、同年9月16日、73歳で息を引き取りました。
当時24歳だった石破茂氏は、慶應義塾大学法学部を卒業後、三井銀行(現・三井住友銀行)に入行して2年目の新人銀行員でした。将来を嘱望される若手バンカーとしてビジネスの現場に身を置いていた茂氏にとって、偉大なる父の突然の死は、人生の前提を根底から覆す衝撃的な出来事となったのです。