多くのファンに惜しまれながら幕を閉じた「和牛」の解散。その引き金となったのは、相方であった水田信二の遅刻問題をきっかけとする信頼関係の揺らぎでした。しかし、本質的な解散理由は単なる生活態度の問題にとどまりません。
最大の要因は、漫才に対する熱量と将来の方向性の決定的なズレでした。劇場での漫才を至高の芸と位置づけ、愚直なまでにネタの完成度を追い求めた川西に対し、水田はバラエティ番組やテレビタレントとしての活動にも意欲を見せていました。妥協を許さない川西の職人気質ゆえに、「中途半端な気持ちで舞台に立ち続けることは観客に対して不誠実である」という結論に至ったのです。
メディアでは「不仲説」としてセンセーショナルに報じられることもありましたが、実際には憎しみ合って別れたわけではありません。互いの才能を認め合っていたからこそ、漫才に対する美学の不一致をごまかせなかった——それが和牛という稀代の漫才コンビが下した誠実な幕引きでした。