アネモネの花全般を象徴する花言葉には、「はかない恋」「恋の苦しみ」「見捨てられた」「嫉妬のための無実の犠牲」といった、どこか胸を締め付けられるようなフレーズが並びます。華麗なビジュアルとは裏腹に、なぜこれほどまでに影を帯びた言葉が冠されているのでしょうか。その発端は、古代ギリシャの詩人オウィディウスの『変身物語』にも残る、2つの悲劇的な神学説話に根ざしています。
第1の起源は、愛と美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)と、美少年アドニスを巡る神話です。アフロディーテの寵愛を一身に受けていた狩人のアドニスは、ある日、獰猛な野生のイノシシに襲われて命を落とします。このイノシシは、アフロディーテを奪われた軍神アレスが嫉妬に狂って化身した姿とも言われています。駆けつけたアフロディーテが流した嘆きの涙と、アドニスの傷口から大地に滴り落ちた紅の血が混ざり合い、そこから一輪の深紅の花が芽吹きました。これがアネモネの誕生とされ、「短命な生涯」「激しくも散る恋」の象徴となったのです。
第2の起源は、風の神ゼピュロスと妖精アネモネ(ニンフ)の物語です。ゼピュロスは愛らしいアネモネの美しさに心を奪われますが、ゼピュロスの正妻である花の女神フローラがこれに激怒。フローラはアネモネを神殿から追放し、ゼピュロスもまた妻の怒りを恐れて彼女をあっさりと見捨ててしまいました。独り野に倒れたアネモネを哀れんだゼピュロスが、せめてもの救いとして彼女の姿を風と共に揺れる薄衣のような花へと変えたと伝えられます。この逸話から、「見捨てられた」「置き去りにされた悲しみ」という痛切な花言葉が定着しました。
語源自体も、ギリシャ語で「風」を意味する「anemos(アネモス)」に由来します。春の訪れを告げる風が吹き抜ける頃に咲き始め、乾いた春風によってあっけなく花びらが散ってしまうはかなさ。この生態的特徴と古代の悲哀物語が結びつき、西洋の文化史において「哀悼」「散華の美」「移ろいやすさ」を表現する花として位置づけられてきた事実があります。