浅間山荘事件とカップヌードル爆売れの真相|極寒中継が起こした奇跡

浅間山荘事件とカップヌードル爆売れの真相|極寒中継が起こした奇跡

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機動隊員が現場でカップヌードルを口にすることになった背景には、現場の過酷な気象条件と兵站(ロジスティクス)の逼迫という深刻な事情が存在した。

現場となった長野県軽井沢町の南軽井沢一帯は標高1,000メートル近く、2月の気温は氷点下15度前後まで冷え込む豪雪地帯である。山荘を包囲する警視庁・長野県警の部隊は、夜を徹して雪中に身を潜め続けなければならなかった。当時、現場指揮を担当した佐々淳行氏(警視庁警備部付・初代内閣安全保障室長)の著書『連合赤軍「あさま山荘」事件』などの手記には、当時の兵站破綻がいかに深刻であったかが生々しく克明に記されている。

当初、警察本部が近隣の業者から調達した仕出し弁当は、現場に運ばれる過程で完全に氷結。白米はカチコチの氷の塊と化して割り箸がへし折れ、たくあんやおかずも凍りついて歯が立たない状態に陥った。寒さで体温と体力を奪われ続ける隊員にとって、冷たい食事は士気の低下に直結する致命的な問題だった。

そこで現場の補給部隊が知恵を絞り、凍結弁当の代替食として白羽の矢を立てたのが、発売されて間もなかった日清食品のカップヌードルだった。警察の給水車や移動式給湯器から熱湯さえ供給できれば、わずか3分で氷点下の雪山でも温かい食事と塩分、炭水化物を同時に補給できる。隊員たちの生命と士気を維持するための「極限下の合理的判断」こそが、カップヌードル採用の真の理由であった。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。