文化的な摩擦は、瞬く間にエンターテインメント産業全体の制作現場へと波及した。差別的表現を排除し、多様な属性を画面上に反映させるポリティカル・コレクトネスの導入は、当初、社会的包摂を促す進歩的な一歩と歓迎された。しかし、それが作品のクオリティや文脈を無視した自粛圧力へと変質するまでに、大した時間はかからなかった。
脚本家やクリエイターに対する自己検閲の強要は、ストーリーテリングの多様性を広げるどころか、決まりきった道徳的メッセージをなぞるだけの平坦な作品群を生み出す要因となった。表現の自由と社会的正義の調和という課題は棚上げされ、単なる規範のチェックリスト消化が最優先されるという本末転倒な事態が横行したのである。創造的なリスクを冒すことへの恐怖が、業界全体を覆い尽くしていった。