生息域が本来の山林から北側へ、そして低地へと拡大している現象は、決して偶然の産物ではない。日本における熊研究の第一人者である山﨑晃司氏は、個体群の推移と環境変化の関係について次のように指摘する。森林の成熟に伴い個体数が増加する一方で、生息好適地を求めた若い個体や母子熊が、従来の生息域から押し出される形で北上を続けているのだ。
東北地方の広大な山脈では、かつて人間活動の活発な里山が「見えない壁」として機能していた。しかし、高齢化に伴い薪炭林や果樹園の手入れが途絶えた結果、ツキノワグマにとって格好の隠れ場所と餌場が市街地の目と鼻の先まで迫ることとなった。専門家が分析する目撃情報の裏側には、野生動物が人間の生活空間を「安全で食べ物が豊富なエリア」と学習し始めた生態行動の変化が存在する。