尾崎の死から19年が経過した2011年、月刊誌『文藝春秋』の手記によって、これまで秘匿されてきた直筆の遺書の存在が公に明かされ、世間に大きな衝撃を与えました。
残されていた遺書は2通。1通は愛用していたバッグのポケットから見つかった母・絹枝さん(尾崎の急逝前年に他界)の写真の裏に綴られたもの、そしてもう1通は妻・繁美氏へ宛てた便箋でした。
「さようなら 私は夢見ます」「先立つ僕を許してください」といった切痛な文面とともに、妻と当時まだ2歳だった長男への深い愛が殴り書きのような筆跡で記されていました。また、息を引き取る直前に発したとされる「勝負平気だよ」「愛しているよ」という言葉は、壮絶な葛藤と苦悶の果てに彼が振り絞った最期の言葉として今も語り継がれています。