物語の主人公である忍ハナ(78歳)は、東京・麻布の老舗酒屋「ハナ勘」の元店主・岩造の妻。同年代の高齢者たちが「どうせすぐ死ぬんだから」と身なりを構わなくなる風潮に激しい嫌悪感を抱き、髪の手入れから爪の先、洋服のコーディネートに至るまで徹底的な美意識を貫いています。「人は見た目が100%」「小綺麗にしているのは周囲への最低限の礼儀」という確固たる信念を持つ彼女は、穏やかで誠実な夫と平穏な老後を過ごしていました。
しかし、その平穏は夫・岩造の突然の脳梗塞死によって一瞬にして粉砕されます。葬儀を終え、残された遺産相続の手続きを進めるなかで、税理士から突きつけられたのは信じがたい事実でした。自宅と店舗の土地・建物に加え、億単位であるはずの預貯金から多額の使途不明金が流出していたのです。さらに調査を進めると、岩造には30年以上にわたって囲っていた愛人・森敏子と、その間に生まれた隠し子・森薫の存在が判明します。
愛妻家で誰からも慕われていた夫の完璧な裏切り。ハナが信じてきた半世紀に及ぶ結婚生活の前提は、音を立てて崩壊していきました。