キスカ島からの撤退は、映画のような英雄譚だけで完結するものではありません。当時の記録や生存者たちの手記には、極限状態に置かれた人間の生々しい心理と、戦時下の残酷な現実が克明に刻まれています。
生存者が語る「砂浜の静寂」と収容時の熱気
当時の守備隊員の手記によると、霧の中から突如として現れた友軍駆逐艦の姿を見た瞬間、誰一人として声を上げて歓喜することはなく、あまりの緊張と安堵から声を失ったといいます。兵士たちは泥水に浸かりながら大発に乗り移り、駆逐艦の甲板に引き揚げられると、用意されていた温かい白米の握り飯と豚汁を涙を流しながら貪り食いました。「あの一杯の味噌汁の味が、自分たちが生き延びたことを教えてくれた」という証言は、多くの手記に共通して残されています。
島に残された軍用犬「勝」と「正」の真相
一方で、ネット上や一部の言説で議論を呼ぶのが「島に取り残された犬たち」の存在です。短時間での急速撤収を至上命題としたため、人間以外の収容は禁じられ、守備隊が飼育していた軍用犬やマスコット犬は島に残されることとなりました。
作戦前には「敵に利用されないよう処分せよ」との命令が下されていたものの、過酷な孤島生活を共に生き抜いた兵士たちは引き金を引くことができず、ひそかに缶詰のフタを開けて並べ、頭を撫でて別れを告げたと伝えられています。後に上陸した米軍の記録により、「勝(カツ)」と「正(マサ)」と名付けられた2頭の犬が無傷で米軍に保護され、米兵たちに可愛がられながら戦後まで天寿を全うした事実が判明しています。