大島美幸が本格的な不妊治療に踏み切った際、まず立ちはだかったのが「身体のコンディション作り」と「治療ステップの選択」でした。子宮筋腫の手術によって器質的な問題はクリアしたものの、多忙を極める不規則な生活、ロケでの過酷な体当たり企画による冷えや疲労が、妊娠を妨げる見えない壁となっていました。
都内の著名な不妊治療専門の病院に通院を始めた大島夫妻は、自己流のタイミング法に見切りをつけ、専門医の指導のもとでホルモン状態を管理しながらタイミング指導、そして人工授精(AIH)へとステップアップを進めました。当時、大島は基礎体温のわずかな上下に一喜一憂し、生理が来るたびにトイレで一人泣き崩れる日々を送っていたと明かしています。
休業から数ヶ月が経った頃、夫婦は「もし人工授精で結果が出なければ、次は体外受精(IVF)へステップアップしよう」と腹を括っていました。そして迎えた人工授精のトライで見事着床。検査薬に陽性反応が出た瞬間、2人は抱き合って涙を流したといいます。しかし、過去のトラウマから安定期に入るまでは「絶対に油断できない」と、息を潜めるような慎重な日々が続きました。