1661年11月6日、マドリードのアルカサル宮殿で誕生したカルロス2世は、待望の男児として国中で熱狂的に迎えられました。父フェリペ4世にとって、度重なる王子の夭折を経てようやく得られた唯一の後継者だったからです。しかし、歓喜に包まれた宮廷を待っていたのは、あまりにも残酷な現実でした。
幼少期のカルロス2世の生涯をわかりやすく振り返ると、それは「歩行と発話の遅延」「絶え間ない高熱と消化不良」との戦いでした。生後まもなく歩くことも話すこともままならず、4歳になるまで自立歩行ができず、8歳を過ぎても言葉を明瞭に発することが困難だったと当時の宮廷日誌に記録されています。母マリアナ王妃をはじめとする側近たちは、彼に過度な負担をかけないよう初等教育すら免除し、ただ生き延びさせることだけに腐心しました。
当時の宮廷社会や民衆は、国王の余りにも虚弱な体質と度重なる発作を医学的に理解できず、「何者かによって呪いをかけられたのではないか」と本気で信じ込みました。こうして彼には「呪われた王(El Hechizado)」という異名がつけられ、宮廷では国家の統制よりも悪魔祓いの儀式が優先されるという異様な事態が日常化していったのです。