毘沙門天の寺院を訪れると、狛犬の代わりに「狛虎」が鎮座し、境内に張り子の虎が飾られている光景をよく目にします。この「毘沙門天と虎」の深い縁の起源は、飛鳥時代の推古天皇の御代(587年頃)にまで遡ります。
聖徳太子が朝敵の物部守屋を討伐すべく信貴山(奈良県平群町)で戦勝祈願を行っていた際、天空に毘沙門天が出現し、必勝の秘法を授けました。その奇跡が起きた日時が、まさに「寅の年・寅の日・寅の刻」であったと伝えられています。太子は見事に戦に勝利し、感謝を込めてこの地に「信貴山 朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)」を創建しました。この故事から、虎は毘沙門天の「神使(お使い)」として尊ばれるようになったのです。
虎は「千里を行って千里を帰る」と言われる強靭な生命力と行動力を持ち、その俊敏さは邪気を払い福を瞬時に引き寄せる象徴とされました。さらに、虎の黄金色と黒の縞模様が「金銀財宝の輝き」を連想させることから、毘沙門天が本来持っていたインドの財宝神としての性格と結びつき、金運招福のシンボルとしての地位を固めました。
現在でも12日ごとに巡ってくる「寅の日(とらのひ)」は、毘沙門天の縁日として知られ、金運招来や勝負事祈願に最も適した吉日とされています。財布の新調や宝くじの購入、新規事業の立ち上げなどを寅の日に合わせる習慣は、この毘沙門天信仰に端を発する由緒ある開運行動なのです。