警察が変死体を扱際、最も警戒するのは「他殺(殺人)後に縊死に見せかけて遺体を吊るす偽装工作(死後懸垂)」です。これを見破るために、大学の法医学教室などで「司法解剖」や「行政解剖」が実施されます。 法医解剖医は、以下の生体反応と痕跡を徹底的に鑑定します。
索状痕(さくじょうこん)の走行と性状
首に残るひもの痕跡を「索状痕」と呼びます。縊死の場合は、結節部(ひもの結び目)に向かって上方に斜めに走行する「斜行性」を示し、結節部周辺で痕跡が途切れる「開放性」が特徴です。 対して、他人が首を絞める絞死では、ひもが水平に一周巻きつく「水平性」かつ全周に痕跡が残る「閉鎖性」を示すため、外見上で極めて重要な手掛かりとなります。
「生活反応」の有無(生前か死後かの判定)
死後に遺体を吊るした場合、心臓が停止して血液循環がないため、索状痕の溝(底)やその周囲に皮下出血や血栓、充血などの生体反応が起こりません。 生きて首が絞められた場合は、毛細血管の破綻による微細出血や索状痕辺縁の隆起(堤防状隆起)といった生活反応が組織学的に確認されます。顕微鏡による病理組織検査を行うことで、絞殺後に吊るされたものか、生前の縊頸であるかを科学的に立証します。
吉川線(きっかせん)と抵抗痕の精査
第三者に首を絞められた場合、被害者は本能的に首のひもや手を外そうと自らの爪で首の皮膚をかきむしります。このとき首前面に残る引っかき傷を、発見者の元警視庁鑑識課長・吉川澄一氏の名にちなんで「吉川線」と呼びます。 自為による縊死では吉川線や防御創(手や腕の傷)は原則として生じず、現場状況や薬毒物検査結果と統合して最終的な死因と事件性が判定されます。