中国芸能界における「抹殺(封殺)」の恐ろしさは、その徹底した不可逆性と執行スピードにあります。日本でタレントが不祥事を起こした場合、謝罪会見を開き、一定期間の活動自粛を経て再起を図る道が残されるケースが一般的です。しかし、中国における封殺は、個人の社会的・電子的存在を瞬時に「なかったこと」にするデジタル処刑に等しい措置が下されます。
その典型的な執行プロセスは、以下のステップで冷酷に進められます。
- 全SNSアカウントの即時強制削除:数千万から1億人規模のフォロワーを抱えるWeibo(微博)、Douyin(抖音 / 中国版TikTok)、小紅書(RED)などの公式アカウントおよび個人アカウントが数時間以内に閉鎖・凍結される。
- 配信プラットフォームからの痕跡消去:Tencent Video(騰訊視頻)、iQiyi(愛奇芸)、Youku(優酷)などの主要動画配信サービスで過去に出演した全映画・ドラマから名前が削除され、場合によっては作品自体の配信が停止される。
- AIディープフェイクによる顔のすげ替え:莫大な制作費が投じられた未公開作品や重要作品については、追放された俳優の顔部分に別の無名俳優の顔をAIグラフィックで上書き合成し、痕跡を残さず公開に漕ぎ着ける。
- 検索エンジンでのインデックス遮断:百度(Baidu)などの検索ポータルにおいて、人物名や関連キーワードの検索結果が意図的に非表示、あるいは公式の批判声明のみに制限される。
代表的な事例として世界に衝撃を与えたのが、2018年に発生したファン・ビンビンの失踪事件です。カンヌ国際映画祭の常連であり、ハリウッド映画『X-MEN: フューチャー&パスト』にも出演した中国屈指の世界的女優が、空港での目撃情報を最後に約3カ月にわたり消息不明となりました。拘束説や亡命説が錯綜する中、最終的に当局から発表されたのは約8億8300万元(当時のレートで約146億円)という天文学的な追徴課税・罰金の支払い命令でした。公の場で見せた表情の翳りや、後にSNS上に投稿された反省文の異様な文面は、国家権力の圧倒的な強制力を全世界に見せつけました。
さらに2021年8月には、国民的知名度を誇る実力派女優ヴィッキー・チャオが、事前予告も一切の公式罪状発表もないまま、主要配信サイトから出演作品をことごとく削除され、Weiboのファンコミュニティ(超話)も閉鎖されるという異常事態が発生しました。映画監督としても成功を収め、実業家としても巨万の富を築いていた彼女が、文字通り「ネット上から神隠しに遭った」瞬間でした。