著名な表現者を親に持った表現者が必ず直面するのが「二世」のレッテルです。宮沢氷魚も例外ではありませんでした。特筆すべきは、彼が芸能界入りを決断した際にとった徹底的な初動の厳格さです。
大学在学中、自らの意志で芸能プロダクション(レプロエンタテインメント)のオーディションに応募した際、宮沢氷魚は履歴書に父親が宮沢和史であることを一切記載しませんでした。自らの容姿とパーソナリティ、英語力だけで勝負し、合格を勝ち取ったあとに初めて事実を明かしたというエピソードは、関係者の間でも語り草となっています。「親の名前を使えば、失敗したときに言い訳ができてしまう。自分の力だけでどこまで通用するかを試したかった」という当時の思いは、まさに表現者としてのプライドの表れでした。
背中を押したのは、2014年に行われたTHE BOOMの日本武道館解散ライブでした。客席から父のステージを目撃した氷魚は、何万人もの観客を熱狂させ涙させる父の偉大さに衝撃を受け、「自分も誰かの心を震わせる表現者になりたい」と強く胸に刻んだとインタビューで述懐しています。
なお、ふたりの「共演」に対する姿勢も極めてプロフェッショナルです。テレビ番組や映画での安易な親子共演(バーター出演)は徹底して行わず、互いのフィールドを一貫して尊重してきました。ラジオ番組やカルチャー特集などの節目の場で間接的に言葉を交わすことはあっても、馴れ合いを見せないスタンスこそが、ファンや業界関係者から高い信頼を寄せられる根拠となっています。