芸能界屈指の美男美女カップルとして世間の羨望を集めたお二人ですが、なぜ二人の間に実子が授からなかったのでしょうか。巷のゴシップ記事では様々な憶測が語られてきましたが、関係者の証言や伍代さん自身の手記・インタビューを検証すると、主に2つの現実的な要因が存在していました。
1. 38歳での晩婚と過密を極めた芸能活動
第一の理由は、結婚当時のライフステージにあります。1999年の結婚発表時、伍代夏子さんは38歳、杉良太郎さんは55歳でした。1987年に伍代夏子として再デビューを果たして以降、『忍ぶ雨』『ひとり酒』などの大ヒットを連発し、NHK紅白歌合戦の常連歌手として多忙を極めていた時期です。
当時の医学的見地や社会通念から見ても38歳での初産は高齢出産に該当し、連日の全国ツアーや舞台公演を抱えながらの妊活・出産は、肉体的にもスケジュール的にも極めて過酷なハードルが存在していました。
2. 長年の宿痾「C型肝炎」との死闘と命がけの治療
そして実子を持たなかった最大の要因として挙げられるのが、伍代夏子さんを長年苦しめ続けた重度のC型肝炎の闘病です。伍代さんは33歳の時に受けた血液検査で感染が判明。当時は有効な根治療法が確立されておらず、ウイルスを抱えたまま激務をこなす日々が続いていました。
結婚後の2009年、病状の悪化を受けて本格的なインターフェロン投与治療を開始。この治療は激しい倦怠感、高熱、脱毛、全身の関節痛など、抗がん剤治療に匹敵する凄まじい副作用を伴うものでした。杉良太郎さんは献身的に妻を看病し、伍代さんもまた歌手生命と生存を賭けて闘病を継続。約1年半にわたる過酷な治療の末、見事に体内からウイルスを完全排除(陰性化)することに成功しました。
命そのものが脅かされる感染症との闘い、そしてその後も経験した喉の病気(痙攣性発声障害など)からの復帰劇を振り返れば、新たな命を身ごもり出産することを選択肢から外し、自らの生命と夫婦の絆を守ることに専念したのは、極めて合理的かつ勇気ある決断であったことが分かります。