麻原彰晃の空中浮遊写真の真相|跳躍トリックと信者洗脳のからくり

麻原彰晃の空中浮遊写真の真相|跳躍トリックと信者洗脳のからくり

今注目を集めている 麻原彰晃の空中浮遊写真の真相|跳躍トリックと信者洗脳のからくりについて、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。

麻原の空中浮遊が日本社会で爆発的な拡散力を持った背景には、当時のサブカルチャー界とメディア環境が深く関わっています。その導火線となったのが、超常現象専門誌『月刊ムー』(学研)1985年11月号への記事掲載でした。

当時の麻原彰晃の初期経歴を振り返ると、彼は1982年に無認可の健康薬品を法外な価格で販売したとして薬事法違反で逮捕され、20万円の罰金刑を受けています。鍼灸院の経営に行き詰まり、新宗教「阿含宗」での修行を経て、1984年に東京都渋谷区でヨガ道場「オウム神仙の会」を立ち上げました。前科によって社会的信用を失っていた麻原にとって、自身を「現代の解脱者」「生ける超能力者」として白紙からブランディングし直す起死回生の手段こそが、奇跡の視覚化でした。

『月刊ムー』1985年11月号では、「日本のヨガ修行者がついに空中浮遊に成功した」というセンセーショナルな見出しとともに、結跏趺坐で浮遊する麻原の写真が見開きで大々的に紹介されました。編集部側にとっては「読者の知的好奇心を刺激する話題のオカルトトピック」の1つに過ぎませんでしたが、麻原側はこの商業誌への掲載を「大手出版社・メディアによる公認の証明」として最大限に悪用します。

1980年代半ばの日本は、丹波哲郎の心霊本が大ベストセラーとなり、超能力や終末予言がテレビ特番で日常的に消費される空前の「オカルト・精神世界ブーム」の渦中にありました。活字メディアに写真付きで取り上げられたという実績は、麻原に強大な権威付けをもたらし、後の破滅的な宗教勧誘の決定的な呼び水となっていったのです。

山田 真由
著者

山田 真由

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