古文や歴史公文書における「それがし」の文法的な位置づけを理解することは、古典読解や歴史考証において不可欠である。文法上、「それがし」単体には敬意を示す働きはないが、後続する助動詞や補助動詞(「候」「侍り」「申す」など)と組み合わされることで、古文における丁寧・謙譲表現の基幹を担った。
代表的な使い方と例文を以下に挙げる。
【例文1:口頭対話での申し出】
「それがしにお任せ願いたい(=私めにお任せいただきたい)」
解説:同僚や同輩に対して責任を引き受ける際、偉ぶることなく自然体で自らの意志を伝える表現。
【例文2:書状・公文書での自称】
「それがし存じ寄り候儀、書中に申し述べ候(=某の考えますところ、手紙の中にて申し上げます)」
解説:戦国期から江戸期の書状において、自己の意見を主君や上位者に具申する際、私見であることを謙虚に断りつつ述べる定型構文。
【例文3:三人称・不特定の事物としての用法(古語)】
「それがしがもとへ罷り越し侍り(=某氏のところへ参上いたしました)」
解説:中世以前の文献に見られる用法で、特定個人の名を伏せて「誰それの屋敷へ行った」と記すケースである。
また、文脈によって「それがし」は一人称だけでなく、複数形「それがしども(某共)」として用いられ、自らの家臣団や一族を含めた集団を指す謙譲語としても機能した。