チャイナの語源はなぜ秦?陶磁器や支那との知られざる歴史と真相

チャイナの語源はなぜ秦?陶磁器や支那との知られざる歴史と真相

チャイナの語源はなぜ秦?陶磁器や支那との知られざる歴史と真相の真相について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。

世界中の言語を見渡すと、英語の「China」、フランス語の「Chine(シーヌ)」、ドイツ語の「China(ヒーナ/シーナ)」、ペルシャ語の「Chīn(チーン)」など、ほぼすべての西洋・中東言語で中国を指す言葉は「Ch-」や「S-」の音から始まります。これほど広範囲に共通の音が定着した最大の理由は、紀元前221年に中国史上初の統一帝国を築き上げた「秦(Qin)」の存在です。

秦王朝は、始皇帝(政)の卓越した軍事力と中央集権体制によって、度量衡・文字・貨幣・車軌を統一し、万里の長城を連結するなど、東アジア世界に絶大なインパクトを与えました。秦の領域は西方(現在の甘粛省や新疆方面)に大きく開けていたため、内陸アジアの遊牧民族やシルクロードのオアシス諸国と直接接触する機会が極めて多かったのです。

当時の中央アジアやインドの人々は、東方に突如として現れた強大無比な軍事大国を「秦の地」と認識しました。当時の古代中国語(上古音)において「秦」は「dzin」あるいは「tsʰin」に近い発音だったと推定されており、これが古代インドの言葉であるサンスクリット語に取り込まれて「チーナ(Cīna)」という語へと転写されたことが文献学的に確認されています。

紀元前4世紀〜紀元前2世紀頃に成立したとされるインドの古代叙事詩『マハーバーラタ』や『マヌ法典』、さらには古代宰相カウティリヤの政治書『実利論(アルタシャーストラ)』の中には、すでに「チーナ(Cīna)」あるいは「チーナパッタ(チーナ産の絹布)」という記述が登場します。秦が中国を統一する以前の春秋戦国時代から、西方の辺境を守る強国「秦」の名はシルクロードの交易網を通じてインドへ届いていたのです。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。