柴田恭兵の闘病を語る上で避けて通れないのが、大病を患う約1年半前の2004年12月に起きた次男の急逝です。当時わずか20歳だった次男が気管支喘息の発作による心不全で突然この世を去るという、親として耐えがたい悲劇に直面しました。
当時、公の場でのコメントを極力控えながらも、内に秘めた悲痛の深さは計り知れないものがありました。医学・心身医学の観点からも、最愛の家族を失う極度の精神的ストレス(強い悲嘆・グリーフ)は、自律神経や免疫機能の著しい低下を引き起こす要因になり得ると指摘されています。過酷な精神的負担が蓄積していた時期に肺がんが発見されたことは、彼にとって心身両面における人生最大の試練でした。
しかし彼は、家族との絆と仕事への情熱を支えに絶望の淵から立ち上がりました。悲しみを抱えながらも自らの足で立ち、カメラの前に立ち続ける姿勢は、単なるプロフェッショナリズムを超えた「生きる意志の表明」であったと言えます。