20代・30代の若い頃の黒柳徹子さんは、誰もが見惚れる抜群のプロポーションとエキゾチックな美貌を持ち、男性からのアプローチが絶えませんでした。実際、過去には3回以上のお見合いや具体的なプロポーズを受けた経験があったことを明かしています。
では、なぜ結婚という選択肢を取らなかったのか。そこには当時の時代背景と、黒柳さん自身の明確な職業観がありました。
昭和30年代から40年代、女性が結婚することは「仕事を辞めて家庭に入ること」とほぼ同義でした。当時、NHKの専属テレビ女優第1号としてキャリアをスタートさせ、自らの言葉で伝える放送人としての使命に燃えていた黒柳さんにとって、家庭に入るために仕事を捨てる選択肢はありませんでした。
また、ワイセンベルク氏との関係においても、もし正式に結婚してどちらかの国に定住すれば、どちらかがキャリアを犠牲にする必要がありました。「愛しているからこそ、相手の才能や音楽活動を何よりも尊重したい」「自分自身も日本の放送界での仕事を全うしたい」という誇り高いプロフェッショナリズムが、あえて結婚という法的枠組みに縛られない選択へと導いたのです。