1970年代初頭、東京都内の若者文化が急激な変容を遂げる中で、伝説の暴走族スペクターの歴史は幕を開けました。創業の地とされる羽田や蒲田、町田周辺から急速に勢力を拡大したスペクターは、既存のカミナリ族的なスピード狂とは一線を画し、統率された集団行動と軍隊的な規律を誇る「武闘派組織」としての性格を色濃くしていきました。
当時、東京近郊のストリートでは無数のグループが覇権を争っていましたが、その力関係を決定づけたのが「CRS連合」の結成です。この連合体は、以下の3大チームの頭文字を取って命名されました。
- C(Alley Cats / アーリィキャッツ):洗練された走りと強固な結束力を誇る名門
- R(Route 20 / ルート20連合):中央道や甲州街道を制覇していた硬派集団
- S(Specter / スペクター):圧倒的な動員数と武闘派幹部を擁する最大派閥
警察庁が発行した『警察白書』の記録を紐解くと、全国の暴走族構成員数がピークに達した1980年(昭和55年)には、全国で4万1,400人・754グループが確認されていました。その渦中にあって、CRS連合は一晩の集会で数百台から1,000台を超える単車・四輪を動員可能なメガアライアンスとして君臨したのです。単なる不良の集まりを超え、明確な階級制度と連絡網を敷いた組織論こそが、スペクターを伝説へと押し上げた最大の要因でした。