端正なルックス以上にネットユーザーを感嘆させるのが、将棋界に刻まれた規格外の経歴です。加藤一二三は1940年1月1日、福岡県に生まれました。1954年、わずか14歳7か月でプロ棋士(四段)へと昇段を果たします。この最年少プロ記録は、2016年に藤井聡太が14歳2か月で更新するまで、実に62年間にわたって破られなかった歴史的金字塔でした。
日本神話の初代天皇である神武天皇の即位から数えて「これほどの才能は前代未聞である」という意味を込め、当時の将棋界やマスメディアは彼を「神武以来(じんむこのかた)の天才」と称賛しました。この呼称は決して大げさな惹句ではなく、その後の快進撃が事実を裏付けます。
プロデビュー後、毎年昇段を重ねて順位戦を駆け上がり、18歳で当時の最高峰リーグであるA級八段へ到達。10代で名人に挑戦する権利を争う位置に上り詰めたスピード感は、後世のトップ棋士たちと比較しても群を抜く異例の事態でした。
そして加藤将棋の集大成とも呼べるのが、1982年の第40期名人戦です。当代無敵を誇っていた中原誠名人に挑戦したこのシリーズは、持将棋(引き分け)1局、千日手(指し直し)2局を含む歴史的な「十番勝負」へと突入しました。約3か月半にわたる極限の肉体戦・精神戦の末、加藤一二三は4勝3敗で悲願の名人位を獲得。当時42歳、盤上に命を削るようにして手に入れた天下の座でした。