なぜ彼女は、トップ女優への階段を順調に登り始めていた最中に引退を選ばざるを得なかったのでしょうか。その核心には、10代から背負い続けた「王道アイドル・まゆゆ」という偶像(ペルソナ)と、生身の人間としての自己との間に生じた乖離が存在します。
2006年に3期生としてAKB48に加入して以来、彼女はノースキャンダルを貫き、「アイドルサイボーグ」「アイドルの鑑」と称賛され続けました。しかし、2015年に放送されたドキュメンタリー番組『情熱大陸』(毎日放送制作)の密着取材において、彼女はカメラに向かって次のような印象的な言葉を漏らしていました。
「AKBに入ったことで、人として生きる上で大切な何かを置いてきてしまったような気がする」
感情を押し殺し、常にファンの理想であり続ける過酷な日々。2017年末にグループを卒業した後は、念願であった女優業へ本格シフトし、2018年のミュージカル『アメリ』での主演、さらには2019年度前期のNHK連続テレビ小説『なつぞら』で主人公の同僚アニメーター・下山茜役を好演。着実に評価を高めていた矢先、心身のエネルギー残量は限界を迎えていました。完璧を追求する性格ゆえに、作品ごとに求められる高い要求と自身の体調不良との板挟みになり、心身のバランスを保つことが構造的に不可能な領域へ達していたといえます。