なぜ道路を丸く巻いた?のの字橋の構造美と誕生の真相【2026】

なぜ道路を丸く巻いた?のの字橋の構造美と誕生の真相【2026】

なぜ道路を丸く巻いた?のの字橋の構造美と誕生の真相【2026】の疑問点について、最新情報を詳しくお届けします。

全国ののの字橋の中でも、圧倒的な知名度と美しさを誇るのが伊豆半島に位置する河津七滝(かわづななだる)ループ橋(正式名称:七滝高架橋)です。この橋が二重らせんという世界的に見ても極めて特異な姿形をとることになった背景には、凄惨な自然災害と技術者たちの命がけの決断がありました。

時計の針を1978年(昭和53年)1月14日に巻き戻します。マグニチュード7.0を記録した伊豆大島近海の地震が発生。伊豆東部山岳地帯を激震が襲い、天城峠を越えて南伊豆を結んでいた旧国道414号の山腹斜面が一斉に大規模崩壊を起こしました。岩盤崩落により道路は完全に寸断され、バスや乗用車が巻き込まれる痛ましい被害を出したのです。

当時の道路復旧関係者の証言や手記によると、被災直後の現地調査は絶望的な状況でした。山肌の地質は脆く破砕されており、どれほど山留め工事を行っても、再度の地震や集中豪雨があれば再び斜面ごと崩れ落ちる危険性が極めて高かったのです。「山腹に道路を張り巡らせる従来のつづら折り工法は、もはや通用しない」――現場の技術者たちは激論の末、常識外れの決断を下します。「崩れる恐れのある山肌を完全に捨て、山から離れた谷間の何もない空間に自立するタワー橋を架ける」という逆転の発想でした。

1981年に完成したこの二重ループ構造梁は、強固な基礎杭を谷底深くに打ち込み、地震時の横揺れエネルギーを円周全体へ均等に分散・吸収する耐震スプリングのような免震・分散構造を兼ね備えています。安全な通行を死守するという執念が、あの優美ならせんを描く土木遺産を生み出したのです。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。