故事成語の由来となった『世説新語(せせつしんご)』は、中国・南朝宋の劉義慶(りゅうぎけい)が編纂した、後漢末から東晋時代にかけての名士たちの言動や逸話を集めたエピソード集です。まずは、定期テスト対策や教養の基本となる原文・書き下し文・現代語訳のわかりやすい詳細まとめを確認していきます。
原文(白文)
孫子荊年少時、欲隠臥。語王武子、当隠。復欲枕石漱流、誤云漱石枕流。王曰、「流可枕、石可漱乎。」孫曰、「所以枕流、欲洗其耳。所以漱石、欲礪其歯。」
書き下し文
孫子荊(そんしけい)年少(わか)き時、隠臥(いんが)せんと欲す。王武子(おうぶし)に語るに、「当(まさ)に隠るべし」と。復(ま)た「石に枕し流に漱(くちすす)がん」と欲して、誤りて「石に漱ぎ流に枕せん」と云ふ。王曰はく、「流は枕す可(べ)く、石は漱ぐ可きか」と。孫曰はく、「流に枕する所以(ゆえん)は、其の耳を洗はんと欲すればなり。石に漱ぐ所以は、其の歯を礪(みが)かんと欲すればなり」と。
現代語訳(わかりやすい詳細意訳)
孫子荊(本名:孫楚)が若かったころ、世俗を離れて隠遁生活を送ろうと考えた。友人の王武子(本名:王済)に向かって、「隠者になるつもりだ」と告げた。その際、本来は「石を枕にし、川の流れで口をゆすぐような自然の清貧な暮らしをしたい」と言おうとしたのに、言い間違えて「石で口をゆすぎ、川の流れを枕にしたい」と言ってしまった。
それを聞いた王済はすかさず、「川の流れを枕にできるのかい? 石で口をゆすぐことなんてできるのかい?」とからかった。すると孫楚は平然と言い放った。「川の流れを枕にするのは、(俗世のくだらない話で汚れた)自分の耳を洗い清めたいからだ。石で口をゆすぐのは、(硬い石を使って)自分の歯をしっかりと磨き上げたいからなのだ!」
登場人物と当時の時代背景
この軽妙なやり取りを交わした二人は、西晋時代を代表する一流の知識人でした。孫楚(字は子荊)は才能に恵まれながらも傲岸不遜で、誰に対しても頭を下げない強烈な個性派として知られていました。一方の王済(字は武子)は晋の武帝の娘婿であり、当代きっての風流人かつ鋭い弁舌の持ち主です。
当時は政治の腐敗や混乱が激しく、知識人の間では世俗の出世競争を嫌って山林に隠棲し、清らかな会話(清談)を楽しむ文化が流行していました。孫楚もまたその風潮に憧れて隠遁を口にしたものの、あまりの言い間違いを王済に突っ込まれ、持ち前の負けず嫌いな性格が炸裂したのがこの場面です。