当時のJ-POP界は、小室哲哉プロデュースに代表されるような高音域のキャッチーなメロディと、煌びやかなデジタルサウンドが全盛を極めていた。そこへ突如として現れた宇多田ヒカルのサウンドは、あえて音数を削ぎ落とした本格的なR&Bアプローチ。グルーヴ感を前面に押し出したボーカルワークは、それまでの邦楽の常識を根底から覆した。
ニューヨークで生まれ育ち、父・宇多田照實氏と母・藤圭子氏という音楽家の両親のもとで日常的に洋楽のスタジオワークに触れていた彼女にとって、その音楽性は奇をてらったものではなく「ごく自然なアウトプット」に過ぎなかった。言葉の跳ねさせ方、16ビートの裏をとる独特のタイム感、英語と日本語がグラデーションのように交差する歌詞——それらすべてが、日本のポップスに新しい呼吸をもたらしたのだ。