古畑任三郎のセリフがこれほどまでに人々の記憶に刻み込まれている最大の要因は、田村正和さんという不世出の名優が持ち合わせた独自の身体性と声のコントロールにあります。
田村さんの古畑任三郎の演技において特筆すべきは、「徹底的に音量を抑えたウィスパーボイス」と「台本に書かれていない数秒間の沈黙(間)」です。通常の刑事ドラマであれば、劇的なクライマックスでは俳優が声を荒らげて正義を説くのが定石でした。しかし田村さんは、犯人を追い詰める局面になればなるほど、囁くようなトーンへと音量を落としていきました。
テレビ特番や演出スタッフの回顧録によれば、田村さんは現場で「犯人を追い詰める刑事の残酷さ」を極めて自覚的に演じていたといいます。「お察しします」と口にする前、古畑は必ずわずかに首を傾げ、人差し指を額にかざすか、あるいは静かに両手を前で組みます。この所作によって視聴者の全神経は古畑の口元へと集中し、吐き出された低く穏やかな「お察しします」というフレーズが、銃弾以上の破壊力を持って視聴者と劇中の犯人に突き刺さるのです。