虎に関連する伝承を調べる際、多くの読者が混同しやすいのが「神聖な霊獣」と「禍々しい妖怪」の境界線です。その最たる例が、古代中国の天文学・四神思想に由来する「白虎(びゃっこ)」と妖怪の差異でしょう。
白虎と妖怪の違いは、その出自と役割の明確さにあります。白虎は天の四方角のうち「西方」を司り、季節の「秋」、五行の「金」を象徴する高貴な瑞獣(ずいじゅう)です。奈良県のキトラ古墳や高松塚古墳の壁画に描かれている通り、国家安寧や死者の守護を目的として描かれる存在であり、人間を理不尽に害する怪異ではありません。一方、妖怪としての虎は、秩序を乱し、人命を脅かす境界侵犯の存在として語られます。
さらに興味深いのが、仏教における毘沙門天と虎の関係です。奈良県の信貴山朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)の伝承によると、用明天皇2年(587年)、聖徳太子が物部守屋の討伐に向かう際、山中で毘沙門天が忽然と姿を現し、戦勝の秘法を授けたとされています。その現れた日時が「寅の年、寅の日、寅の刻」であったことから、虎は毘沙門天の使い(神使)として崇められるようになりました。
戦国武将の武田信玄が「甲斐の虎」、上杉謙信が「越後の虎」と称されたように、虎は武勇と財宝をもたらす霊験あらたかな神仏の化身として仰がれる一方で、山間部の暗がりでは旅人を一呑みにするおぞましい妖怪として語られました。この「崇拝と恐怖の表裏一体性」こそが、日本における虎文化の真骨頂です。