現在でこそ知性派MCの代表格ですが、ここに至る道のりは決して平坦ではありませんでした。熊本県立済々黌高等学校を卒業後、猛勉強の末に名門・早稲田大学教育学部に入学した上田。しかし、芸人 上田晋也 早稲田大学 中退理由を振り返ると、そこには青春期の大きな苦悩がありました。大学の講義やお洒落なキャンパスライフに馴染めず、周囲との違和感からわずか1年足らずで中退の決断を下すことになります。
その後、高校の同級生であった有田哲平とお笑いコンビを結成。デビュー当初のコンビ名は「海砂利水魚」でした。ボキャブラ天国ブームなどで頭角を現したものの、長らく決定的なブレイクに恵まれずにいた彼らに転機が訪れます。それがバラエティ番組の企画をきっかけとした海砂利水魚 改名 経緯です。さまぁ〜ず(旧バカルディ)との改名対決に敗れ、2001年に「くりぃむしちゅー」へと改名。この改名を機に親しみやすさが爆発し、上田の切れ味鋭い仕切りが全国区の脚光を浴びることとなりました。
また、上田の原点を語る上で欠かせないのが、地元・熊本でローカルタレントや制作会社社長として名を馳せる実兄・上田啓介の存在です。上田晋也 兄 上田啓介 エピソードはバラエティ番組でも度々披露され、豪快で破天荒な兄との幼少期のやり取りが、上田のツッコミの反射神経とユーモアの土壌を育てたと言われています。