制度上の定義だけでなく、実際の学校現場で働く当事者たちの声に耳を傾けると、教諭と講師の間にある心理的・実務的なリアリティが浮かび上がってきます。
都内公立中学校で4年間常勤講師を務めたのちに教員採用試験に合格した30代教諭の手記や関係者の取材証言からは、職員室内での葛藤が生々しく語られています。
「常勤講師時代、受け持つ業務は隣の席に座る正規教諭と何一つ変わりませんでした。1年生の学級担任を任され、放課後は運動部の顧問として土日も生徒と汗を流し、夜遅くまで指導案を練る毎日。しかし、年度末が近づくたびに『来年度は契約があるだろうか』という強い不安に襲われました。同じ仕事をしていても、ボーナスや年次昇給の通知を見るたびに、身分の壁を痛感させられたのが本音です」(公立中学校教諭の体験談より)
SNSや教育系コミュニティ、知恵袋等の投稿検証でも、「講師は担任も部活もやらされて割に合わない」「採用試験の勉強時間を確保したいなら非常勤を選ぶべきだった」といった切実な悩みが数多く見受けられます。教員不足が常態化するなか、現場では常勤講師に教諭と全く同一の重責を負わせざるを得ない構造が存在し、それが非正規教員の精神的・肉体的負担につながっている側面は否定できません。
一方で、正規教諭側にも「担任や部活に加えて、保護者対応の矢面に立ち、自治体や教育委員会への報告資料作成、教育実習生の指導など、最終的な管理責任がすべて降りかかってくる」という強いプレッシャーが存在します。肩書が教諭になるということは、法的な身分保障と安定した給料を得る代償として、組織における不可避の責任を引き受けることを意味しています。