楽曲の破壊力を視覚的に決定づけたのが、現在も語り草となっているミュージックビデオ(MV)です。現代のCG技術や豪華なセットに慣れた視点から見ても、その映像体験は強烈な異彩を放っています。
MVの舞台は、装飾が一切排除された真っ白なホリゾント空間のみ。黒のスーツを纏った長身の2人が、向かい合い、背中を合わせ、ただひたすらにアクションを繰り広げます。関係者の証言や当時の制作秘話によると、余計なストーリーテリングや特撮を一切排除し、「2人のロックスターの肉体性と存在感だけで画面をもたせる」という極めて挑戦的なコンセプトで撮影が進められました。吉川晃司のしなやかでキレのあるステップと、布袋寅泰の威圧的かつ華麗なギターアクションのコントラストは、計算された演出を超えたドキュメンタリー的な緊張感を漂わせています。
このミニマルを極めたMVは、2000年代後半以降のインターネット空間において予想外の化学反応を引き起こしました。ニコニコ動画やYouTube、TikTokなどの動画プラットフォームを中心に、「BE MY BABY」のイントロとサビの映像をループ・加工した「音MAD」と呼ばれる二次創作ミームが爆発的に拡散したのです。2人のシュールにも映る全力の身振りとキャッチーなメロディはネットユーザーの創作意欲を刺激し、本来ならCOMPLEXをリアルタイムで知らないはずのZ世代へ瞬く間に浸透しました。
特筆すべきは、この現象が単なる一過性の嘲笑や消費で終わらなかった点です。MAD動画をきっかけに原曲に触れた若いリスナーが、「ネタとして見に来たのに、曲と演奏が異次元にかっこいい」と本質に気付き、楽曲そのものの評価が世代を超えてアップデートされたのです。無駄を極限まで削ぎ落とした映像だったからこそ、どのような文脈に切り取られても揺るがない強度を誇っています。