インターネット上の掲示板やSNSにおいて、「お稲荷さんを一度信仰すると、参拝をやめたときに祟りがある」「自宅に祀ると家が潰れる」といった根拠不明の恐怖論が語られることがあります。この都市伝説的な言説の背景には、日本人の信仰心理と宗教社会学的な理由が存在します。
古来、稲荷信仰は他の神仏と比較して「現世利益の顕著さ(即効性)」で知られてきました。抽象的な死後の救済ではなく、今生きているこの瞬間の「商売繁盛」「収穫増大」という切実な利益を約束する神であったため、民衆は熱烈にすがりつきました。
しかし、心理学的に強い恩恵を期待する心理は、裏を返せば「裏切ったらどうなるのか」という強い不安と罪悪感を生み出します。特に江戸時代、町人や農民が屋敷内に個人的な稲荷の祠(屋敷神)を祀るブームが起きましたが、代替わりや経済的困窮によって管理を放棄する家が続出しました。
その際、自らの怠慢や不始末を「お稲荷さんの祟り」として神のせいに転嫁する心理機制(投影・合理化)が働き、怪談話や俗説として世間に定着していったのです。社務所関係者も明確に否定している通り、真摯に感謝を捧げる参拝者に対して神が理不尽な害を及ぼす教理は存在しません。俗説の本質は、恩恵に対する人間の側の身勝手な不敬が生み出した心理的影に過ぎません。