犬山祭の起源は、寛永12年(1635年)、尾張藩附家老であり犬山城主を務めた成瀬正虎公が、針綱神社の祭礼に町衆が練り物を奉納することを奨励したことに始まります。城下町の経済的な繁栄とともに町衆の誇りが結集し、現在見られる豪華絢爛な車山の形式が確立されました。
2016年には全国33件の祭礼行事とともに「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的にもその歴史的価値が高く評価されています。犬山祭で使用される車山は「山車」ではなく「車山(やま)」と表記するのが正式で、いずれも高さ約8メートル、3層からなる重厚な木造建築構造を持ちます。
最上層でからくり人形が舞い、中層にはお囃子を奏でる子どもたちが乗り込み、最下層で頑強な曵き手たちが巨大な車体を操ります。13両すべてが愛知県の有形民俗文化財に指定されており、各町内ごとに意匠や装飾、からくりの仕掛けが異なるため、1両ずつ間近で意匠を比較するだけでも歴史絵巻を見るような知的好奇心を刺激されます。