『二十億光年の孤独』が創元社から単行本として世に出たのは1952年(昭和27年)6月のことです。当時、谷川俊太郎は満20歳。詩篇の多くは彼が18歳から19歳にかけて、定職に就かず自宅でラジオの組み立てや天体観測に没頭していた時期に書かれました。
当時の日本文壇・詩壇は、敗戦の痛手、焦燥感、政治運動、そして戦争責任を巡る重苦しい告発調の詩(いわゆる「荒地」派など)が主流を占めていました。文学界の関係者や研究者の記録によると、哲学者である父・谷川徹三の仲介で原稿を読んだ詩人・三好達治がその天性の瑞々しさに驚嘆し、「この新人はすでに成人の風格を持っている」と絶賛の序文を寄せたエピソードは広く知られています。
重厚な思想やイデオロギーで語るのではなく、平易な日常語とドライな知性、そして天文学的なパースペクティブ(視座)を組み合わせた手法は、当時の読書界に鮮烈な衝撃を与えました。詩人が見つめていたのは、戦後の狭い東京の街並みではなく、漆黒の宇宙空間に浮かぶ直径1万2000キロメートルの孤独な球体――地球そのものだったのです。