数ある中部地方の渓谷のなかで、なぜ岐阜県下呂市馬瀬川の「かおれ渓谷」がこれほどまでに旅人を惹きつけるのでしょうか。最大の要因は、国土交通省の河川水質調査でも屈指の清澄度を誇る馬瀬川最上流部の圧倒的な透明度にあります。花崗岩質の川床を透過する太陽光が生み出すエメラルドグリーンの色彩は、写真加工を一切疑わせない天然の神秘そのものです。
四季の移ろいも鮮烈です。新緑が渓谷を包む初夏から盛夏にかけては、マイナスイオンに満ちた避暑地として賑わい、秋を迎えると表情は一変します。かおれ渓谷の紅葉見頃は例年10月下旬から11月中旬にかけて。モミジやカエデ、ブナが燃え盛るような赤や黄金色に染まり、エメラルドグリーンの水面と鮮やかな補色関係を描き出す光景は、中部山岳地帯でも類を見ない絶景として知られています。
手つかずの自然が残されたこの地は、商業化された観光地のような過剰な売店や舗装路が存在しません。人工物の気配を極限まで削ぎ落とした静寂のなかで、せせらぎの音と鳥の声だけに包まれる体験こそが、日常の喧騒に疲弊した現代人を強く惹きつけています。