プロデュース・脚本を手掛けた宮崎駿と、監督を務めた近藤喜文は、絵コンテの段階で聖司の動きに意図的な余白を残していた。作画スタッフの証言や当時の制作資料を辿ると、聖司が図書室で雫をチラリと見る視線の角度や、ベンチで読書をする際の身体の向きに至るまで、細部まで計算し尽くされていたことが分かる。
特筆すべきは、聖司の祖父である西司朗の存在と「地球屋」というアンティークショップの役割だ。聖司が自らの夢と恋愛の間で揺れ動く姿は、宮崎駿がかつて若き日に抱いていた芸術的野心と焦燥感の投影でもある。聖司の行動は、単に恋心から出た暴走ではなく、「自らの才能を試すために海外へ羽ばたく直前の焦り」と密接に結びついていた。自分という人間を証明したいという強い衝動が、雫という他者への強い執着と背中合わせになって表現されていたのだ。