冨永愛と元夫が出会ったのは、彼女が10代後半からパリ・コレクションへ進出し、孤軍奮闘していた2000年代初頭のフランス・パリでした。異国の地で孤独と重圧に晒されていたトップモデルを精神的に支えたのが、現地で腕を磨いていた日本人パティシエの男性です。2004年秋に結婚を発表し、翌2005年3月には長男の章胤を出産。当時22歳という若さで、モデルとしての絶頂期に家庭を持つ決断は世界中のメディアで大きな話題を呼びました。
しかし、母となった後もわずか半年でランウェイへ復帰した冨永愛と、職人として地道にキャリアを積み上げる夫との間には、次第に埋めがたい生活リズムの乖離が生じ始めます。2008年頃から別居状態が囁かれ、2009年4月に正式な離婚が成立。親権は冨永愛が持ち、シングルマザーとして息子を育てる道を選択しました。
2026年現在、長男の章胤は20歳を超え、母と同じくモデルや俳優として独自のポジションを確立しています。冨永愛自身も「母親としての最大の責任は一段落した」と公言しており、元夫との関係も禍根を残した断絶ではなく、息子という共通の宝物を持つ自立した大人同士として、適切な距離感を保ち続けています。