『蒲田行進曲』階段落ちの真相とキャストの現在|不朽の名作の全貌

『蒲田行進曲』階段落ちの真相とキャストの現在|不朽の名作の全貌

『蒲田行進曲』階段落ちの真相とキャストの現在|不朽の名作の全貌に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。

JR京浜東北線の蒲田駅ホームに降り立つと耳に飛び込んでくる、あの軽快なメロディ。1番線と4番線で流れる『蒲田行進曲』の発車メロディは、通勤・通学客にとって日常の風景の一部となっています。

この発車メロディが導入されたのは1997年(平成9年)3月のことです。大田区蒲田の街とこの楽曲の間には、大正から昭和初期にかけての日本映画黎明期の歴史が深く関わっています。

1920年(大正9年)、現在のJR蒲田駅東口近くに「松竹キネマ蒲田撮影所」が開所しました。映画の街として栄えた蒲田のシンボルとして、1929年(昭和4年)に松竹の所歌として作られたのが楽曲『蒲田行進曲』でした。原曲はアメリカのルドルフ・フリムル作曲によるオペレッタ『放浪の王者』の劇中歌「放浪者の歌(Song of the Vagabonds)」であり、これに劇作家の堀内敬三が独自の日本語詞を付けたものです。

かつて流行歌として親しまれ、映画『蒲田行進曲』のメインテーマとして全国区で再ブレイクしたこのメロディは、地元商店街や大田区の強い要望によって駅メロとして採用されました。SNSや口コミでも「蒲田駅に着くと自然と元気が出る」「映画のヤスの奮闘を思い出して気が引き締まる」といった声が多く見られ、映画の記憶が街の歴史とともに息づいている好例といえます。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。