順風満帆に見えたモデル活動の裏で、山口智子本人は大きな人生の岐路に立たされていました。実家は江戸時代から続く名門旅館であり、幼少期に両親が離婚した後は祖母と父のもとで「将来の跡継ぎ」として厳格に育てられた背景があります。
当時の特番インタビューや自著・手記において、彼女は当時の心境を「敷かれたレールの上を歩くことへの激しい違和感」と語っています。短大を卒業すれば栃木に戻り、見合いをして旅館の女将を継ぐという既定路線から抜け出すためには、東京で自活できるだけの確固たる職業基盤が必要でした。
モデルという職業は流行の移り変わりが激しく、年齢的なリミットも懸念される世界です。一生自立して生きていくための手段として選んだのが「表現者・女優」への転身でした。家族との間に生じる摩擦や「家業のプレッシャー」という心理的重圧を断ち切り、自らの人生の自己決定権を勝ち取るための戦いこそが、女優転身の真の動機だったのです。
1988年、演技経験がほぼ皆無の状態で挑んだNHK連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』のオーディションにおいて、彼女は約2000人を超える応募者の中から見事にヒロイン・小野純子役に選ばれます。物怖じしない堂々とした佇まいと生命力あふれる笑顔は、審査員たちに「この人しかいない」と確信させました。